薬局に薬がない?
コロナウイルスやインフルエンザ、風邪の大流行により、今まで普通に貰えてたはずの咳止めや去痰薬、抗生物質などのいわゆる風邪薬と言われるお薬が薬局で手に入らないケースが多発しています。
ただ、これは単に風邪の大流行により生じている問題ではありません。今後、他の医薬品でも起きる可能性は十分にあり得ますので、少し脱線しますがその問題について最初に触れたいと思います。
医薬品の供給が不安定な理由は主に3つあります。
①製造の問題
事の発端は2020年に発覚した医薬品メーカーの不祥事です。ジェネリックメーカーである「小林化工」が製造した抗真菌薬(イトラコナゾール)に睡眠導入剤(リルマザホン)の成分が混入し、200名以上(そのうち死者2名)に意識消失などの健康被害が発生しました。(詳細は「https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000919956.pdf」を参照ください。)
この事件を皮切りに他メーカーの製造工程や管理体制などの不正も発覚し、今まで製造していた多くのジェネリック医薬品が市場からなくなり、医薬品の供給不足の状態に陥りました。
②薬価の問題
日本では医薬品の価格(薬価)を国が定めており、定期的な薬価引き下げが行われています。
薬価改定により医薬品の価格が下がることは、私たちの医療費負担が軽減されるためメリットと思われる方も多いと思いますが、製薬会社側からすると利益が減るという問題が生じてしまいます。その結果、昔からあるような咳止めや去痰薬、抗生物質などの薬価の安い医薬品は、原材料や人件費が高騰する中で生産を維持することが難しく製造を縮小・中止してしまいます。
③需要過多の問題
生産量が減少している中でコロナウイルスやインフルエンザ、風邪の大流行がさらに追い討ちをかけ、特定の医薬品の需要が急激に高まったことにより薬局に行っても「適切な薬」が貰えないという状況に陥りました。
現時点では咳止めや去痰薬を中心に出荷調整となってますが、これから春にかけては花粉症患者が急増するため抗アレルギー薬の出荷調整も予想されます。このような状態の中で私たちが出来ることは、処方箋医薬品に頼るのではなく適切なOTC医薬品や漢方薬を選び使用することではないでしょうか。
病院でよく処方される咳止め

中医学で考える咳
中医学では、咳に限らず病因を「外感:がいかん」と「内傷:ないしょう」に分けて考えます。「外感」とはウイルスや細菌、花粉などのような体の外にある原因を指し、「内傷」とはストレスや飲食の不摂生、過労、運動不足などにより引き起こされる臓腑の働きの低下から生じる病態を指します。
「外感」による咳(外感咳嗽)
風邪やアレルギー症状の初期にみられるこのタイプは、大きく4つに分けられます。
1.冷えタイプ
・寒気がする
・痰が薄く透明で白っぽい
・頭痛、鼻づまりがする
体を温めながら寒邪をとばし咳を鎮める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:小青竜湯、苓甘姜味辛夏仁湯、麻黄湯など
2.熱タイプ
・寒気より熱が気になる
・黄色い痰や鼻水が出る
・喉が痛み、喉が渇く
肺の炎症を抑えるような熱を冷まし咳を落ち着かせる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:麻杏甘石湯、五虎湯、麻杏止咳顆粒、清肺湯など
3.痰タイプ
・多量の痰がでる
・胸がつかえる
・吐き気がする、体が重だるい
痰をさばき咳を鎮める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:二陳湯、半夏厚朴湯など
4.乾燥タイプ
・空咳がでる
・痰が切れにくく少量の痰 / 痰がでない
・喉が乾燥し、痒みや痛みが伴う
肺に潤いを与える漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:麦門冬湯、竹葉石膏湯、白龍散など
病院の咳止めが手に入らない、薬局で入荷するまでに時間がかかると言われた、病院に行く時間が取れないなどの時は漢方薬を選択肢にいれてみてはいかがでしょうか。咳のタイプに合う漢方薬を使用することで非常に良い効果を得ることができます。
「内傷」による咳(内傷咳嗽)
・風邪を引いた後に咳だけ残っている
・痰が絡んだ咳が頻繁にでる
・空咳が止まらない
・ストレスがかかる場面で咳き込んでしまう
など、原因が分からず咳が続いてしまうこのタイプは、上記で述べた「外感」による咳症状とは異なり、西洋薬を服用しても一時的には効果を得られるものの、根本の原因に対しての解決には至っていないため、薬の効果が切れると再び咳が出てしまいます。
呼吸は主に「肺」で行われますが、中医学では「肺」だけでなく「脾」や「腎」、「肝」などの臓腑も密接に関係しています。
1.呼吸力の低下(肺気虚:はいききょ)
中医学における「肺」は、 「宣発粛降:せんぱつしゅくこう」という働きを通し、息を吐くことで人体に必要な気や津液などの栄養を全身に送り出し(宣発)、息を吸うことで栄養を取り込み体内の奥深く(腎)まで届ける(粛降)働きをしています。この働きにより肺機能は維持され正常な呼吸へとつながります。
このタイプの特徴は
・力のない咳が続く
・息切れがする
・汗をよくかく、風邪をひきやすい
「肺」の働きを高め「肺気」を補う漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:麦味参、衛益顆粒、補中益気湯など
2.空咳が続く(肺陰虚:はいいんきょ)
中医学では「肺」は「潤いを好み、乾燥を嫌う」臓器といわれています。
正常な肺は多少の刺激や異物であれば簡単に受け流すことができますが、潤いを失った肺は少しの違和感でも刺激と感じ、体を守るための防御反応から空咳という症状へとつながります。
このタイプの特徴は
・空咳が続く
・口や喉が乾燥する
・痰に血が混じる
「肺」に潤いを与えるような漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:滋陰降火湯、滋陰至宝湯、瓊玉膏など
3.痰が絡む(脾虚痰湿:ひきょたんしつ)
中医学には「脾は生痰の源となし、肺は貯痰の器となす」という言葉があります。
飲食物の消化・吸収に関わる脾胃(胃腸)は、よく土に例えられますが、良質な土壌は水捌けが良く作物がすくすくと育ちますが、少しの雨でも水溜りがたくさんできてしまうような悪質な土壌では、なかなか作物は大きく成長しません。この水溜りが体内の余分な水分であり、中医学で言う「痰湿」にあたります。脾胃の状態が悪いと痰湿が作られ、それが肺へ届けられると痰が絡むという症状へとつながります。
このタイプの特徴は
・痰がよく出る
・食欲がなく、疲れやす
・下痢/軟便気味だ
「脾胃」の働きを立て直し「痰湿」を取り除く漢方薬を使用すると良いでしょう。(水捌けの良い土壌を作る漢方薬)
漢方薬の例:健胃顆粒、健脾散など
4.加齢による咳(腎不納気:じんふのうき)
一般的に呼吸は「肺」だけの活動と思われていますが、中医学では「肺は呼気を主り、腎は納気を主る」と言われ、息を吐く力は「肺」に依存しますが、しっかり深く吸い込むには「肺」だけでなく「腎」のパワーも必要となります。
呼吸が浅く、咳き込んでいるおじいちゃんやおばあちゃんをよく目にすると思いますが、これは老化に関わる「腎」の働きが年齢とともに低下し、息を吸い込む力(納気)が落ちてしまったことによります。

このタイプの特徴は
・ある時を境に咳が増えた
・呼吸が浅い
・息切れ
「腎」の納気作用を高め「肺」の働きを助ける漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:八仙丸、双料参茸丸など
5.自律神経の乱れによる咳(肝火犯肺:かんかはんはい)
中医学における「肝」は自律神経全般を主ると考えられており、全身の「気」や「血」の流れを調節し、精神面の安定に関与していると考えらています。ストレスにより精神的な負荷がかかり自律神経が乱れると「気」の流れが乱れ、やがて暴走した「肝気」が「肺」を攻撃し咳が発生します。これを中医学では「木火刑金(肝火が肺金を刑す)」といいます。

このタイプの特徴は
・ストレスや緊張で咳が誘発される
・こみ上げるような咳
・普段からイライラしやすい、怒りっぽい、顔が赤くなる
暴走気味の「肝気」の流れを落ち着かせる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:加味逍遙散、柴厚湯など
最後に
漢方薬は、風邪による咳の初期症状だけでなく、風邪の後に長引いている咳や慢性的に続いている症状へもアプローチできることが魅力の一つです。自身の体質に合った漢方薬を使用し、身体全体のバランスを整えることで、症状の完治へと近づけることができます。上記の考え方や漢方薬は、ほんの一例となります。咳や呼吸器のトラブルでお悩みを抱えておりましたら、ぜひ当店までご相談ください。
薬剤師 / 国際中医専門員(漢方の専門家) 中目 健祐