はじめに
昔から、私たちの身体と「月」には不思議なつながりがあると考えられてきました。
「満月の日は出産が多い」
「月のリズムと女性の月経周期は似ている」
「満月の夜には狼男が目を覚ます」など
どこか神秘的で、でもどこかリアルに感じるこれらの言い伝え。
実は中医学でも、「月のリズム」は自然界の陰陽の変化としてとらえられ、私たちの体や心に影響を与えると考えられています。
今回は、中医学の視点から「月」と「身体」の関係と、暮らしに役立つ養生をお届けします。
自然界で考える「月」の働き
月の代表的な働きに「潮の満ち引き」があります。
これは、月の重力が地球の海水を引っ張ることによって生じます。
◆満潮(まんちょう)
月が地球の海水を引き寄せ、その方向に海面が盛り上がることで起こります。
また、地球の反対側では、月と地球の引力バランスによる遠心力の影響で、同じように海面が盛り上がり、こちら側でも満潮が生じます。
◆干潮(かんちょう)
一方、上記の「盛り上がった部分」から90度ずれた地点では、相対的に海水が引かれ、干潮となります。
このように、月の引力は地球上の「水」の動きに大きな影響を与えています。
中医学には、「人間は自然界の影響を受けて生活しているため、人体と自然界を分けて考えることはできない」とする天人合一(てんじんごういつ)という考え方があります。
私たち人間の体は、約60%が水分で構成されていることを考えると、海水の潮汐のように、月の動きが私たちの体に何らかの影響を与えていると考えるのは、ごく自然なことなのかもしれません。
中国での昔からの言い伝え
中国の古典では、「月」と「身体」の関係を次のように述べています。
黄帝内経 霊枢・歳露論第七十九篇
①人は自然とともに生きている
「人与天地相参也、与日月相応也。」
→人は天地(自然)と調和し、日(太陽)と月と呼応して生きている。
②満月の時の身体の変化
「故月満則海水西盛、人血気積、肌肉充、皮膚緻、毛髪堅、腠理隙、煙垢著、当是之時、雖遇賊風、其入浅不深。」
→満月には、人の気血が満ちて、筋肉が充実し、皮膚は引き締まり、毛髪はしっかりとしていて、皮膚の孔(腠理)は締まり、垢や汚れが肌にとどまりやすくなる。この時期に外邪にさらされても、体の深部までは侵入しにくいとされています。
③新月の頃の身体の変化
「至其月郭空、則海水東盛、人気血虚、其衛気去、形独居、肌肉減、皮膚縦、毛髪残、腠理薄、煙垢落、当是之時、遇賊風、則其入深、其病人也卒暴。」
→新月(欠けていく時期)は、気血が減少し、体を守る(衛気)が離れ、ただ形だけがあるような状態になる。筋肉はやせ、皮膚はたるみ、毛は抜けやすくなり、皮膚の孔(腠理)はゆるみ、垢も落ちやすくなる。この時期に外邪にあたると、それは深く体に侵入し、急激で重い病気となって現れる。
④月経(生理)と月の関係
黄帝内経 素問・上古天真論
「女子二七而天癸至,任脈通,太衝脈盛,月事以時下,故有子。」
→女性は14歳ごろ(2×7の年)に天癸(てんき)に至り、任脈が通じ、太衝脈が充実し、月経が定期的に訪れるようになり、妊娠する力が備わる。
「月事」は、現代でいう月経(生理)のことですが、わざわざ“月”という文字が使われているのは、月の満ち欠けの周期(約29.5日)と、女性の月経周期が近いことに由来しています。古代中国の人々は、自然界の月のリズムと女性の身体のリズムを重ね合わせ、まさに“月の事象”として月経を捉えていたようです。
月の満ち欠けに合わせた養生法

🌑 新月
新月は、月が完全に姿を消す「無」の状態。
この時期は、エネルギー(気)や栄養(血)がまだ満ちておらず、心身ともに内に向かう性質が強まります。外に向かって頑張るよりも、「休息と補い」が何よりも大切な養生のテーマです。
✅ 新月の時期に出やすい体と心のサイン
・気血の不足:疲れやすい、だるさ、頭がぼんやりする
・感情の内向き傾向:落ち込みやすい、不安感、孤独感
・静けさを求めたくなる:眠気、やる気の低下、人と話すのが億劫
🌿養生のポイント
🔸 早めに寝て、睡眠で回復を図る
→特に22時〜翌2時は「血を作り、肝を休める時間帯」。
🔸気血を補う食事を摂る
→気を補う食材:お米、山芋、かぼちゃ、鶏肉など
→血を補う食材:黒豆、黒ゴマ、レバー、ほうれん草など
🔸 静かに過ごす時間を大切にする
→読書や瞑想、アロマなどで心を落ち着けて。
中医学では、新月は「陰が極まり、これから陽が生まれ始める“始まり”のとき」と考えられています。「休むこと=止まること」と思うのではなく、次に進むための“力を蓄える”時間だと考え、新月には、頑張りすぎず、自分の内側をいたわるような養生を心がけてみてください。
🌕 満月の養生
満月は、月の光が最も満ちる時期。
気血が充実し、体も心も高ぶりやすいときであり、エネルギーが溢れる反面、バランスを崩しやすいタイミングでもあります。
✅ 満月の時期に出やすい体と心のサイン
・気が高ぶる:イライラ、不眠、動悸、焦燥感
・“過剰”な症状:頭痛、のぼせ、便秘、むくみ
・感情の波が激しくなる:集中できない、衝動的になる、涙もろくなる
🌿 養生のポイント
🔸“巡らせる”ことを意識する
→気血が充実している時期なので、軽い運動やストレッチ、深呼吸などで巡りを良くしましょう。
🔸 補う食材や肥甘厚味はほどほどに
→すでに満ちている状態なので、補う食材や肥甘厚味(脂っこいもの、甘いもの、味の濃いもの)は少なめにしましょう。
🔸 感情が高ぶったら「立ち止まる勇気」を
→人とのトラブルや衝動買いなど、気が上に昇る満月期は感情のブレーキが効きにくくなります。「満月だから仕方ない」と割り切る心の余裕が重要かもしれません。
中医学では、満月は「陽が極まり、陰が生じ始める」状態とされます。
光り輝く満月も、次の満月に向けて必ず欠けていきます。
この時期には体の中の整理だと思い、“デトックス”を意識することが、次の新月に向けた準備になります。
頑張るよりも、緩めて整える。「巡らせて、出す」ことが、満月の養生のカギです。
最後に
「なんだか今日は、いつもより疲れるな」
「つい余計な一言が多かった気がする」
「なぜか気持ちが沈むけど、理由がわからない…」
そんなとき、ふと空を見上げてみてください!
それは、“あなたのせい”ではなく、月のリズムと心身の波が重なっているだけかもしれません。
「月のリズム」を意識するだけでも、心がふっと軽くなることがあります。
自然のリズムを感じ取り、日々の暮らしに少しでも取り入れることが、あなた自身を整えていく第一歩なのかもしれません。
薬剤師 / 国際中医専門員 中目 健祐



