胃痛のメカニズム
私たちの胃は、胃の粘膜を守る「防御因子」と胃酸などの「攻撃因子」のバランスが保たれていることで、正常に働いています。しかし、何らかの原因で「攻撃因子」の働きが強まったり、「防御因子」が弱まり、相対的に「攻撃因子」の比重が高くなると胃痛が発生します。

バランスを崩す原因としては、以下のような生活習慣や心理的ストレスが挙げられます。
🟡脂っこい物/辛い物/甘い物の過食
🟡アルコールの過飲
🟡寝不足
🟡精神的なストレスや疲労
🟡喫煙
機能性ディスペプシアとは?
最近では、病院で検査を行っても炎症や潰瘍などの異常見つからないにも関わらず、胃の不調(胃の痛み、胃もたれ、胸やけなど)が続いている方が増えているようです。このような状態を「機能性ディスペプシア:Functional Dyspepsia : FD)」と言い、下記の通り定義されています。
1.症状
機能性ディスペプシア(FD)の診断基準(RomeⅣ基準)
下記の症状のいずれかが診断の少なくとも6か月以上前に始まり、かつ直近の3か月間に上記症状がある。
1.つらいと感じる心窩部痛(みぞおちの痛み)
2.つらいと感じる心窩部灼熱感(みぞおち辺りが焼けるような感じがする)
3.つらいと感じる食後のもたれ感
4.つらいと感じる早期飽満感(食べ始めてすぐに満腹感、膨満感を感じる)
及び症状を説明しうる器質的疾患はない。
食後愁訴症候群(PDS)の診断基準
少なくとも週に3日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
1.つらいと感じる食後のもたれ感
2.つらいと感じる早期飽満感
心窩部痛症候群(EPS)の診断基準
少なくとも週に1日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
1.つらいと感じる心窩部痛
2.つらいと感じる心窩部灼熱感
2.原因
機能性ディスペプシアを引き起こす詳しい原因は明らかになっていませんが、
・胃の運動機能が正常に働いてない
・胃酸が過剰に出ている
・胃腸の知覚過敏(胃酸の刺激に敏感になっている)
・ストレスによる自律神経の乱れ
・生活習慣や食生活の変化
・ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)への感染
などが考えられています。
中医学における胃腸(脾胃)の働きについて
「脾胃」の詳しい働きは👇から
「五臓六腑:脾胃の働き – 日々の生活に漢方を」
中医学で考える胃痛
1.❄️胃寒(いかん)
~冷えによる胃の痛み~
お酒の席などで、冷たいビールやお刺身などをたくさん摂った後に、急にお腹が痛くなった経験はありませんか?
胃腸は、体温と同程度の温度で正常に機能すると考えられています。
そのため、冷たい飲食物を摂りすぎると、胃腸が急激に冷やされて働きが低下し、痛みを引き起こすことがあります。
この冷えの影響を「寒邪(かんじゃ)」と呼び、寒邪により気血の流れが滞ると、「不通則痛(ふつうそくつう)」=“流れなければ痛む”という状態になります。
さらに、今回の痛みの原因である「寒邪」には「凝滞(ぎょうたい)」と「収斂(しゅうれん)」という特徴あるため、痛み方はギューッと引きつるような激しい痛みになります。
<主な特徴>
✅冷たい物の過食・過飲により引き起こされる痛み
✅痛みは激しく、絞られるような痛み
✅温めると痛みが和らぐ
胃を温めながら痛みを抑える漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:安中散、勝湿顆粒(藿香正気散)/香蘇散+芍薬甘草湯など
💊大正漢方胃腸薬
漢方の胃腸薬として有名な「大正漢方胃腸薬」は、上記の安中散と芍薬甘草湯を組み合わせた漢方薬になります。したがって、「寒邪」が原因の胃痛に対しては、非常に効果的といえるでしょう。
ただし、後述するような「熱」や「ストレス」、「胃の潤い不足」など、別の要因による胃の痛みには、異なるアプローチが必要です。症状の特徴に応じて、適切な漢方薬を選ぶことが大切です。
2.🔥胃熱(いねつ)
~食べ過ぎ・ストレスで胃に熱がこもる~
「食べたばかりなのに、すぐにお腹が空いてしまう」「しっかり食べたのに満足できない」「満腹になるまで食べないと落ち着かない」――そんな経験はありませんか?
中医学では、このような状態を「胃」に熱がこもり、働きが亢進している状態と考え、辛い物・脂っこい物・甘い物などの過食や精神的なストレスにより引き起こされると考えます。
<主な特徴>
✅胃が焼けるように痛む
✅胸やけがする
✅酸っぱい水や苦い胃液が出る
✅口臭が酷い
✅食べてもすぐお腹がする
「胃」に停滞している熱を清ましてあげる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:三黄瀉心湯、黄連解毒湯など
3.💢肝気犯胃(かんきはんい)
~ストレスや緊張が胃に影響~
緊張する場面(テストや面接、プレゼンの前など)やちょっとした不安(電車に乗った時や学校、会社に行く前)でお腹(胃)が痛くなったことはないでしょうか?
中医学では自律神経を主る「肝」の気が高ぶることで「脾胃」が攻撃され、その影響により胃の痛みが引き起こされると考えます。
<主な特徴>
✅精神が緊張状態の時に痛みがでる
✅ストレスを抱えやすい、緊張に弱い
✅お腹(胃)が張ったような痛み
✅よく脇腹が張る、ゲップをする
「肝」の気の流れを良くしながら、「脾胃」を守る漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:開気丸、四逆散、逍遥顆粒など
4.🩸瘀血阻絡(おけつそらく)
~血の巡りが悪くて痛む~
上記で述べた「寒邪」や「気滞」などが長期間続くと血の流れが停滞し「瘀血」が生じます。瘀血により「気血」の流れが塞がれ、「不通則痛」という状態を引き起こすため胃痛が生じます。
<主な特徴>
✅差し込むような痛み(針で刺されたような痛み)
✅痛みの箇所が固定している(瘀血は1か所に留まる)
✅お腹を擦ったり、触れたりすると痛みが増す(拒按)
✅吐血、便血がみられる
「気」と「血」の巡りを良くすると漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:加味逍遥散、桂枝茯苓丸など
5.💧胃陰不足(いいんぶそく)
~潤い不足による胃の不快感~
胃には、上記で述べたように胃粘液などの「防御因子」がありますが、この胃を守る粘液が不足している状態を「胃陰不足」と言います。(地面に潤いがなく、干からびてひび割れているような状態です。)
上記2で述べた「胃熱」が慢性的に続くと、胃内にある潤いが蒸発し「胃陰不足」へとつながります。また、長年胃の不調に苦しんでおり、胃酸を止める薬を飲んでも症状が一向に改善しない方にもこのタイプが多く見られます。
<主な特徴>
✅胃が焼けるように痛む
✅胸やけがする、上腹部の不快感
✅満腹感を感じやすい
✅口や舌が乾燥する
✅便秘気味でコロコロしている
「胃」に潤いを与えてくれる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:麦門冬湯、艶麗丹、百潤露など
6. 🥶脾胃虚寒(ひいきょかん)
~体質的な胃腸虚弱~
物心ついた時から胃腸が弱い、慢性的に胃痛が続いている場合は、このタイプにあたります。「脾胃」を温めるエネルギーが不足するとお腹の冷えを感じやすくなり、先に紹介した「胃寒」とは異なり、慢性的にシクシクという痛みが続きます。
「脾胃」が弱い方は、下記の特徴に加え、疲れやすかったり、下痢・軟便、食後にお腹が張る・眠くなるという症状を伴うことが多いです。
<主な特徴>
✅シクシクとお腹(胃)が痛む
✅お腹を擦ったり、おさえると痛みが和らぐ(気持ちが良い)
✅食後に痛みが緩和する
✅食欲があまりない、食事量が少ない
胃腸の働きを高めながら、お腹を温める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:小建中湯、人参湯、四君子湯類など
また、「脾胃」の機能が弱ると、水分代謝がうまくいかずに胃腸に余分な水分(湿)がたまります。その結果、胃痛だけでなく、胃のむかつきや吐き気(悪心)などの症状を伴うことがあります。このような場合は、半夏瀉心湯や黄連湯などの使用も考えられます。
最後に
以前「下痢と漢方薬 – 日々の生活に漢方を」の記事でもお話ししたように、日本人は胃腸が弱い体質の方が多い傾向があります。
しかし、胃の不調を「たまたま調子が悪いだけ」と軽く捉えてしまっていませんか?
中医学では、「脾胃(胃腸)」の健康の土台と考えます。「人間の体は食べたもので出来ている」とよく言いますが、健康への第一歩は「脾胃」の働きを良くすることが非常に重要になります。
長年続く胃の不調や、胃酸を止める薬(ファモチジンやオメプラゾールなど)を飲んでも症状が改善しない。あるいは、機能性ディスペプシアのように原因がはっきりせず西洋薬を飲んでも効果がいまひとつという場合は、漢方薬を選択肢にいれてみてはいかがでしょうか😌
漢方薬は、上記で述べたようにその症状のタイプに合わせて様々な漢方薬があります。ご自身の胃腸症状に合う漢方薬をお探しの方は、ぜひ一度ご相談ください。
薬剤師 / 国際中医専門員 中目 健祐






