ダイエットと漢方薬

はじめに

誰でも一度は「ダイエット」のことで悩んだことがあるのではないでしょうか?

・健康や美容のためにダイエットをしようかな
・ダイエット⇔リバウンドを繰り返してしまう
・色々な○○ダイエットを試したけど、思うような効果が得られなかった
・今年こそは痩せる!が口癖になっている

巷では、簡単!すぐに痩せられる!と謳い様々な〇〇ダイエットがありますが、体質に合った漢方薬を使わないと効果が得られないように、それが万人に合うダイエット法とは限りません。また、ダイエットには成功したが、無理な食事制限やオーバーワークなどから、疲れやすくなったり、貧血や便秘などの別の不調がでたということも聞きます。

中医ダイエットとは?

「中医ダイエット」とは、中医学の理論に基づくダイエット方法であり、「太る体質」の原因を考え、身体で起きている細かな不調を整えながら、健康的に「痩せる体質」に変えていくことを目標にしています。

体質を改善しながら進めるため、肥満の解消や体重を落とすことと同時に肩こりや頭痛、疲れやすい、浮腫みなどの身近な不調を改善できるのが魅力の一つです。
中医ダイエットで自身の体質を理解しながら、無理のないダイエットで身体の中から”痩せる”身体づくりを目指しませんか?

中医学で考えるダイエット

中医学では、太りやすくなる体質や肥満になる原因として下記の4つのタイプに分けて考えます。

1.脾胃虚弱(ひいきょじゃく)
 「脾胃」は現代医学で言う胃腸を指しており、私たちが普段から摂っている食事や飲み物から身体のエネルギー源である「気」や身体の栄養や潤いに関係する「血」を生成させ、各臓腑へ届ける働きをしています。

「脾胃虚弱」の状態では、胃腸機能の低下により下記の状態へと陥りやすくなり、太りやすい体質へと繋がります。
1.気や血を作り出すことができない
→ 基礎代謝の低下、疲れやすい、やる気の低下

2.水分代謝が機能せず、体内に余分な水分が溜まる
→ 浮腫、下痢や軟便

このタイプの特徴は
□疲れやすい、やる気がでない
□食欲不振
□汗をかきやすい、風邪を引きやすい
□下痢・軟便気味
□身体が重い

「脾胃」の働きを高めながら、「気」を補う漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:健胃顆粒(香砂六君子湯)、健脾散(参苓白朮散)、防己黄耆湯など

2.痰湿/湿熱内蘊(たんしつ/しつねつないうん) 
本来代謝・排泄されるべきドロドロとした余分な老廃物を中医学では「痰湿」と呼び、この「痰湿」が長く停滞すると老廃物が腐敗するように熱を帯び「湿熱」という状態へと変わります。

「痰湿」や「湿熱」は食生活と深い関係があり、肥甘厚味(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物)の多い食事を摂り過ぎると、胃腸に負担がかかり身体に余分な老廃物が蓄積されやすくなります。

このタイプの特徴は
□悪心、胸やけ
□下痢・軟便気味
□身体が重い、浮腫む
□肥甘厚味の過食、アルコールの多飲
□肌が荒れやすい
□口が苦い、粘つく

余分な水分や老廃物を除去する漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:星火温胆湯、胃苓湯、茵蔯五苓散など

普段から食べ過ぎてしまう、夕食の時間が遅い(20時以降)という方は、食べ物を消化を促す「晶三仙(山査子、麦芽、神曲)」を併用するとより効果的です。

上記1で述べた「脾胃虚弱」タイプの方は、飲食物の消化吸収や水分代謝の機能が低下しているため、老廃物である「痰湿」や「湿熱」が溜まりやすく蓄なります。また、中医学では「脾は湿を嫌う」という言葉があり、「湿」がたまることで「脾」の働きが低下し、さらに「湿」が発生しやすくなります。

3.肝気鬱結(かんきうっけつ)
 中医学における「肝」は自律神経全般を主ると考えられており、全身の「気」や「血」の流れを調節しているとともに精神面の安定にも関与していると考えらています。

通常、「肝」が正常に機能している場合では、精神的な負荷に対して一定の耐性があり、受け流すことができますが、ストレス負荷が強い場合や長期間ストレスを受けている場合は、自身の「肝」の閾値を超えてしまい自律神経のバランスが大きく乱れへます。このような状態を中医学では「肝鬱」と呼び、発散することのできないストレスが鬱々と蓄積し、「気」や「血」の滞り(気滞、瘀血)を引き起こします。

このタイプの特徴は
□イライラしやすい
□脇腹や胸が張る
□ストレスが原因で食べ過ぎる
□PMS(月経前症候群)がある
□月経不順
□下痢と便秘を繰り返す

「肝」の働きを整え、「気」の巡りを良くする漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:逍遥顆粒、開気丸、大柴胡湯など

「気」の巡りが良くなると基礎代謝も上がるため、上記症状の改善とともに体重の減少へと繋がります。

4.瘀血(おけつ)
 「瘀血」とは、血の巡りが悪くなり、血液がドロドロとした状態を言います。このドロドロとした血液には、中性脂肪やコレステロールが含まれており、体内に「瘀血」が蓄積されると内臓脂肪や皮下脂肪がつきやすくなるため、メタボ体系のような肥満の身体へと繋がります。

川の流れが悪くなる原因が下記①〜④にあるように「瘀血」が発生する原因に対しても同様なことが言えます。
①痰湿や湿熱:川に土砂やゴミが溜まり水の流れが悪い状態
②肝気鬱結(気滞):岩場が多く、川の水がせき止めらている
③気血不足:水の流れに勢いがなく、川に石や土砂が溜まりやすい
④冷え:川の水が凍り、流れが悪い状態
よって、「瘀血」の改善には、川の流れを良くする漢方薬と合わせて、水の流れを悪くしている原因を解消させる必要があります。

このタイプの特徴は
□肌くすみやシミ、そばかすが気になる
□肩こりや首こり、頭痛が酷い
□月経不順
□生理痛がある(出血時にレバー状の塊が出る)
□舌裏の血管が太く怒張している

漢方薬の例:冠元顆粒、血府逐瘀丸、田七人参など

5.その他(防風通聖散)
ダイエットの漢方薬として非常に有名な「防風通聖散」。その高い有効性と速効性から肥満症に使われることが多いですが、そもそもはダイエットの目的の薬ではなく、カゼを引いたときに使用する漢方薬です。

防風通聖散の主な働きは下記になります。
・体表の邪気を汗とともに発散させる
→カゼ症状(悪寒、発熱、頭痛など)の軽減

・体内にこもった熱を便や尿とともに出す
→口渇、便秘、尿黄短少の改善

無理やり発汗させ、身体(特に胃腸)を冷やし便通や排尿を促すため、気が不足しているタイプや上記1の脾胃虚弱タイプ、冷え体質の方は向いていない漢方薬となります。

最後に

中国では、昔から「養生七分、治三分」という言葉があり、健康で暮らす上では日々の養生(生活習慣)が何よりも重要と考えます。逆に言えば、効果のあるお薬を飲んだところで養生を疎かにしていたら、一向に症状は良くならないということです。(一時的に症状が改善しても、すぐに再燃する方が多いのは、養生の影響かもしれません。)

太る一番の原因は、”食事の内容”とよく言われますが、太りにくい体質を作るには、食事内容の見直しに加え、脾胃(胃腸)に負担をかけず、身体内に老廃物を溜めないような日々の習慣が重要になります。
また、漢方薬を吸収する臓腑は脾胃のため、胃腸の状態を健康に保つことは、漢方薬の吸収を高めることにも繋がります。

<毎日の習慣にしてほしいこと>
・食事の比率は、穀類4~5割、野菜4割、動物性の食品1~2割を心掛ける
→穀類:米、小麦、大豆など / 野菜:葉物野菜を中心に旬のもの / 動物性の食品:肉、魚介類、卵、乳製品など

・腹八分を心掛ける(胃がもたれない・苦しくならない、身体が重くだるくならない、眠くならない程度の食事)

・一口30回を目安に噛む

・生のもの、冷たい飲食物を控える

・肥甘厚味の多い食事を控える(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物)

・20時以降に食事をしない

当店では、薬局の隣に運動機器を備えた施設をオープンしました。漢方の専門家による体質改善とトレーナーのによる適切な運動とストレッチにより、ダイエットのみならず病気にならない身体づくりをサポートします。ご興味がある方は、ぜひ当店までご連絡ください。

薬剤師 中目 健祐


 

下痢と漢方薬

日本人は胃腸が弱い!?

日本人は他の人種に比べ胃腸が弱いとよく言われますが、なぜ胃腸のトラブルを起こしやすいのでしょうか?
本題に入る前に中医学的な考えからその理由を説明したいと思います。

中医学には「天人合一:てんじんごういつ」という考えがあります。
「天人合一」とは、人間は自然界の影響を受けて生活しているため、人体と自然界を分けて考えることはできない。つまり、自然界で起こる様々な現象は、人体にも同じく現れるという考えを言います。

日本の環境はどうでしょうか?
海に囲まれた島国であることから雨が多く、また梅雨の時期から夏の終わりまでの約4か月間は、亜熱帯のような高温多湿と1年を通して「湿気」が多いという特徴があります。また、日本人の食生活の特徴として、生物(刺身や生肉など)や冷水(暑さや寒さに関わらず、飲食店ではお冷がでますよね。)を好む人種でもあります。これらは、「天人合一」の考え方からすると、日本人は他の人種に比べて身体内に「湿気(湿)」を溜めやすいタイプと言えます。

日本の環境はどうでしょうか?
海に囲まれた島国であることから雨が多く、また梅雨の時期から夏の終わりまでの約4か月間は、亜熱帯のような高温多湿と1年を通して「湿気」が多いという特徴があります。また、日本人の食生活の特徴として、生物(刺身や生肉など)や冷水(暑さや寒さに関わらず、飲食店ではお冷がでますよね。)を好む人種でもあります。これらは、「天人合一」の考え方からすると、日本人は他の人種に比べて身体内に「湿気(湿)」を溜めやすいタイプと言えます。

さて、中医学における胃腸(脾胃)の働きをみてみましょう。
「脾胃:ひい」の働きに1つ「運化」というものがあります。
運化の「運」は運送や輸送、「化」は消化吸収を意味しており、運化には2つの働きがあります。

1.精微物質の運化:気・血・津液(水)を作り、全身に届ける
2.水液の運化:水液を吸収して全身に輸送・散布する

水はけの悪いグランドだと足が取られ体の動きが悪くなるように、エネルギーや水を運ぶ脾には「湿を嫌う」という特徴があります。
よって、「湿」が体内にあると「脾胃」の働きが低下し

1.精微物質の運化の失調:エネルギーを作り出すことができない
  → 疲れやすい、やる気がでない
2.水液の運化の失調:水液代謝が機能しない
  → 下痢や軟便、浮腫
という状態に陥りやすくなります。

上記の「天人合一」で述べたように、日本人は気候や食生活から「脾胃」が嫌う「湿」を溜めやすく、作りやすい環境下にいます。そのため、気付かない間に「脾胃」に負担がかかっており、徐々に胃腸が弱っていくことで下痢や軟便、腹部膨満感などの胃腸のトラブルが起こしやすい身体になっていくのだと考えられます。

中医学で考える下痢

中医学では下痢のことを泄瀉 (せっしゃ)と呼び、下記の5つタイプに分けて考えます。

1.外感泄瀉(がいかんせっしゃ)
外感の邪気が湿と絡み、体内に侵入することで下痢を引き起こします。言わば、胃腸型のカゼのような症状をイメージしてください。 邪気とは、私達の身体にとって悪いもの、現代医学で言うウイルスや細菌などを指します。
詳細は「カゼと漢方薬 – 日々の生活に漢方を」をご参照ください。
このタイプは、外感表証(カゼの症状)に加え、「寒」と「熱」により下記のような症状がでます。よって、カゼの症状を緩和させながら体内に侵入し脾胃に影響を及ぼしている湿をさばく漢方薬を使用します。

<外感表証(カゼの症状)>
・悪寒、発熱、頭痛など


<寒湿タイプ>
・下痢(水様便、臭いが少ない)
・腹痛、お腹が張る
・お腹がゴロゴロとなる
・食欲不振
漢方薬の例:勝湿顆粒(藿香正気散)、香蘇散、胃苓湯など

<湿熱タイプ>
・下痢(悪臭が強い、便器にこびりつく、急に激しい下痢)
・肛門の灼熱感
・腹痛
・口渇
・尿の色が濃い
漢方薬の例:葛根黄芩黄連湯、黄連解毒湯、五行草(馬歯莧)など

外感表証(カゼの症状)がない場合でも急性的な下痢の場合は、上記の「寒湿」タイプと「湿熱」タイプの症状に合わせて漢方薬を使用すると良いでしょう。

2.食傷泄瀉 (しょくしょうせっしゃ)
肥甘厚味の過食やお酒の飲み過ぎなどにより、食積が脾胃に溜まることで脾胃の働きが低下し引き起こされる下痢です。(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物)

このタイプの特徴は
・便に未消化物が混じり悪臭がする
・悪心・嘔吐がする
・胃がもたれる
・腐臭のあるゲップをする

このタイプには、脾胃に溜まっている食積の消化を促すような漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:晶三仙(山査子、麦芽、神曲)など

3.肝鬱泄瀉 (かんうつせっしゃ)
緊張する場面(テストや面接、プレゼンの前など)やちょっとした不安(電車に乗った時や学校、会社に行く前)でお腹を下したことはないでしょうか?

中医学では自律神経を主る「肝」の気が高ぶることで「脾胃」が攻撃され、その影響により引き起こされると考えます。

このタイプの特徴は
・下痢(精神が緊張状態の時)
・ストレスを抱えやすい、緊張に弱い
・脇腹が張る、お腹が張る
・ゲップをする

「肝」の気の流れを良くしながら、脾胃を守る漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:逍遥顆粒(逍遥散)、四逆散、柴苓湯など

4.気虚泄瀉 (脾胃虚弱)(ききょせっしゃ(ひいきょじゃく))
幼少期から胃腸のトラブルが多い、食後すぐに下痢をする、下痢をするから脂物は食べないなどの一般的に胃腸が弱いと言われる方に多いタイプです。

脾胃の働きが低下すると水液代謝が低下するため、腸で吸収されなかった水分が便と混じることで下痢を引き起こします。(詳細は上記の「胃腸(脾胃)の働き」をご参照ください。)

このタイプの特徴は
・下痢、軟便、便秘と様々なタイプに変化する
・便中に未消化物が混じる
・食後にお腹が張る、眠くなる
・疲れやすい、やる気がでない
・食べても太れない(痩せやすい)

「脾胃」の働きを補いながら、下痢の原因である「湿」をさばく(水分代謝を改善する)漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:健脾散(参苓白朮散)、健胃顆粒(香砂六君子湯)など

5.陽虚泄瀉 (ようきょせっしゃ)
一般的に胃腸が働きやすい温度は、人間の体温(36~37℃)に近い温度と言われているため、お腹が常に冷えてる方や慢性的に冷えが強い方は胃腸の機能が低下し下痢を引き起こしやすくなります。
特に高齢の方や生来の虚弱体質の方は、全身の臓腑を温める「腎陽」の働きが低下していることが多く、その結果「脾」を温めることができないため、胃腸機能の低下することがあります。

このタイプの特徴は
・下痢、水様便(特に明け方に下痢をすることが多い)
・便に未消化物が混じる
・手足や腰、お腹の冷え
・足腰がだるい
・排尿困難・浮腫み

このタイプには、腎陽を補いつつ、脾を温めながら働きを立て直す漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:人参湯+真武湯、参馬補腎丸など

最後に

中国の古典には「無湿不成瀉:湿がなければ下痢はない」という言葉がありますが、下痢症状で悩まれている方は体内に「湿」を溜めないことが非常に重要になります。

「湿」を溜めやすく胃腸に負担をかける食事として下記のようなものがあります。
・甘い物(チョコレート、菓子パン、コンビニスイーツ)
・脂物(お肉、揚げ物、ポテトチップス)
・乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ)
・冷たい飲食物(ジュース、お酒、刺身、アイスクリーム)

巷では身体に良いと言われているものが、実は胃腸に負担をかけていることもあります。身体に良いものを積極的に摂るよりも、自身の生活を見直し身体に不要なものを1つ1つ取り除く方が症状改善の近道かもしれません。

体質に合う漢方薬と食養生を通し症状を改善しませんか?
ご興味がある方は、いつでも当店にご相談ください。

薬剤師 中目 健祐

胃痛と漢方薬

胃痛のメカニズム

胃は、胃の粘膜を守る「防御因子」と胃酸などの「攻撃因子」のバランスが正常であると健康な状態に保たれますが、何らかの原因で「攻撃因子」の働きが強まったり、「防御因子」が弱まり、相対的に「攻撃因子」の比重が高くなると胃痛が発生します。

「防御因子」と「攻撃因子」のバランスを崩す要因には、生活習慣の乱れ(脂っこい物/辛い物/甘い物の過食やアルコールの過飲、寝不足など)やストレス、疲労、喫煙など様々あります。

機能性ディスペプシアとは?

近年、病院で検査(内視鏡検査など)を行っても炎症や潰瘍などの異常はないが、胃の不調(胃の痛み、胃もたれ、胸やけなど)が慢性的に続いている方が増えているようです。このような状態を「機能性ディスペプシア:Functional Dyspepsia : FD)」と言い、下記の通り定義されています。

1.症状

機能性ディスペプシア(FD)の診断基準(RomeⅣ基準)
下記の症状のいずれかが診断の少なくとも6か月以上前に始まり、かつ直近の3か月間に上記症状がある。
1.つらいと感じる心窩部痛(みぞおちの痛み)
2.つらいと感じる心窩部灼熱感(みぞおち辺りが焼けるような感じがする)
3.つらいと感じる食後のもたれ感
4.つらいと感じる早期飽満感(食べ始めてすぐに満腹感、膨満感を感じる)
及び症状を説明しうる器質的疾患はない。

食後愁訴症候群(PDS)の診断基準
少なくとも週に3日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
1.つらいと感じる食後のもたれ感
2.つらいと感じる早期飽満感

心窩部痛症候群(EPS)の診断基準
少なくとも週に1日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
1.つらいと感じる心窩部痛
2.つらいと感じる心窩部灼熱感

2.原因

機能性ディスペプシアを引き起こす詳しい原因は明らかになっていませんが、
・胃の運動機能が正常に働いてない
・胃酸が過剰に出ている
・胃腸の知覚過敏(胃酸の刺激に敏感になっている)
・ストレスによる自律神経の乱れ
・生活習慣や食生活の変化
・ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)への感染
などが考えられています。

中医学における胃腸(脾胃)の働きについて

詳しくは「五臓六腑:脾胃の働き 」をご参照ください。

中医学で考える胃痛

1.胃寒(いかん)

お酒の席でお酒やお刺身などの冷たい物を食べ飲み過ぎた時に急にお腹が痛くなったことはないでしょうか?

胃腸は体温と同じぐらいの温度で正常に機能すると言われており、急激に胃腸が冷えると本来の働きができなくなります。冷え(寒邪)により機能が低下した胃腸は、気や血が停滞してしまい、この滞りにより痛みが発生します。中医学では、このことを「不通則痛:ふつうそくつう」と言い、滞ると痛みが起きると考えます。また、今回の痛みの原因である「寒邪」には凝滞と収斂という特徴あるため、痛み方はギューッと引き攣るような痛みになります。

このタイプの特徴は
・冷たい物の過食・過飲により引き起こされる痛み
・痛みは激しく、絞られるような痛み
・温めると痛みが和らぐ

胃を温めながら痛みを抑える漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:安中散、勝湿顆粒(藿香正気散)/香蘇散+芍薬甘草湯など

漢方の胃腸薬として有名な「大正漢方胃腸薬」は、上記の安中散と芍薬甘草湯を組み合わせた漢方薬になります。したがって、冷たい飲食物などの寒邪が原因により引き起こさる胃の痛みには非常に効果的ですが、下記で述べるような熱やその他原因による胃痛については、他の漢方薬を使用することが望ましいです。

2.胃熱(いねつ)

食べても食べても直ぐにお腹が空く、いっぱい食べたのに満腹感を感じられない、お腹いっぱいにならないと気が済まないなど、食欲が異常に亢進して困ったことはないでしょうか?

このような状態を中医学では、胃に熱がこもり、働きが亢進している状態と考え、辛い物や脂っこい物、甘い物などの過食や精神的なストレスにより引き起こされると考えます。

このタイプの特徴は
・胃が焼けるように痛む
・胸やけがする
・酸っぱい水や苦い胃液が出る
・口臭が酷い
・食べてもすぐお腹がする

胃に停滞している熱を清ましてあげる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:三黄瀉心湯、黄連解毒湯など

3.肝気犯胃(かんきはんい)

緊張する場面(テストや面接、プレゼンの前など)やちょっとした不安(電車に乗った時や学校、会社に行く前)でお腹(胃)が痛くなったことはないでしょうか?

中医学では自律神経を主る「肝」の気が高ぶることで「脾胃」が攻撃され、その影響により胃の痛みが引き起こすと考えます。

このタイプの特徴は
・精神が緊張状態の時に痛みがでる
・ストレスを抱えやすい、緊張に弱い
・お腹(胃)が張ったような痛み
・よく脇腹が張る、ゲップをする

「肝」の気の流れを良くしながら、「脾胃」を守る漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:開気丸、四逆散、逍遥顆粒など

4.瘀血阻絡(おけつそらく)

「瘀血:おけつ」とは、血の滞りを指します。上記で述べた寒邪や気滞などが長期間続くと血の流れが停滞し「瘀血」が生じます。瘀血により経絡中の気血の流れをふさぎ「不通則痛」を引き起こすため胃痛が生じます。

このタイプの特徴は
・差し込むような痛み(針で刺されたような痛み)
・痛みの箇所が固定している(瘀血は1か所に留まる)
・お腹を擦ったり、触れたりすると痛みが増す(拒按)
・吐血、便血がみられる

「気」と「血」の巡りを良くすると漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:加味逍遥散、桂枝茯苓丸など

5.胃陰不足(いいんぶそく)

胃には、上記で述べたように胃粘液などの「防御因子」がありますが、この胃を守る粘液が不足している状態を「胃陰不足」と言います。(地面に潤いがなく、干からびてひび割れているような状態です。)
上記2で述べた「胃熱」が慢性的に続くと、胃内にある潤いが蒸発し「胃陰不足」へと繋がります。また、長年胃の不調に苦しんでおり、胃酸を止める薬を飲んでも症状が一向に改善しない方にもこのタイプが多く見られます。

このタイプの特徴は
・胃が焼けるように痛む
・胸やけがする、上腹部の不快感
・満腹感を感じやすい
・口や舌が乾燥する
・便秘気味でコロコロしている

「胃」に潤いを与えてくれる漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:麦門冬湯、艶麗丹、百潤露など

6. 脾胃虚寒(ひいきょかん)

物心ついた時から胃腸が弱い、慢性的に胃痛が続いている場合はこのタイプが多いでしょう。脾胃を温めるエネルギーが不足するとお腹の冷えを感じやすくなり、上記1で述べた「胃寒」とは異なり、慢性的にシクシクという痛みが続きます。「脾胃」が弱い方は、下記の特徴に加え、疲れやすかったり、下痢・軟便、食後にお腹が張る・眠くなるという症状を伴うことが多いです。

このタイプの特徴は
・シクシクとお腹(胃)が痛む
・お腹を擦ったり、おさえると痛みが和らぐ(気持ちが良い)
・食後に痛みが緩和する
・食欲があまりない、食事量が少ない

胃腸の働きを高めながら、お腹を温める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:小建中湯、人参湯、四君子湯類など

また、「脾胃」の弱りにより水分代謝が低下すると、不要な水分が胃腸内で停滞するため、胃痛だけでなく胃のむかつきや悪心などの症状がみられることがあります。このような場合は、半夏瀉心湯や黄連湯などの使用も考えられます。

最後に

「下痢と漢方薬」で述べたように日本人は胃腸が弱い方が多いように思います。
(詳しくは「下痢と漢方薬」をご参照ください。)

日本人は胃腸の状態を軽視していますが、中医学では「脾胃(胃腸)」の状態が健康の要と考えます。「人間の体は食べたもので出来ている」とよく言いますが、健康への第一歩は「脾胃」の働きを良くすることが非常に重要になります。

長期的に胃の不調が続いており、胃酸を止める薬(ファモチジンやオメプラゾールなど)を飲んでも症状が改善しない、また機能性ディスペプシアのように原因がはっきりせず西洋薬を飲んでも効果がいまひとつという場合は、漢方薬を選択肢にいれてみてはいかがでしょうか。

漢方薬は、上記で述べたようにその症状のタイプに合わせて様々な漢方薬があります。ご自身の胃腸症状に合う漢方薬をお探しの方は、ぜひ一度ご相談ください。

薬剤師 中目 健祐

五臓六腑:脾胃の働き

はじめに

中医学を勉強し始め約2年が経ちました。当時を思い返すと、私も含め日本人は外面はしっかり整えるが、外から見えない部分(内側)は軽視する傾向にあると強く感じました。
最近では、テレビやCM、本などの媒体で、腸内細菌や腸内フローラという言葉が出始め、身体の内部にスポットが集まるようになってきましたが、中医学では2000年前も昔から胃腸と健康の関係性について述べています。
「ご飯を食べると元気になる!」「人間の体は食べたもので出来ている!」という言葉があるように、胃腸の状態の良さがその人の身体の元気や健康へと繋がります。言わば、胃腸が私たちの身体を作っているのです。身体の根本とも言える胃腸(脾胃)の働きを理解し、健康的な生活の第一歩を歩み始めませんか。

「脾胃:ひい」の働き

「脾胃:ひい」は、現代医学の胃腸の働きに近く、私たちが摂取した飲食物を消化吸収し、身体に必要な栄養素(気・血・津液)を全身に届ける働きをしています。

「脾」と「胃」のそれぞれの詳しい働きは下記に記載してますので、気になる方はご参照ください。

「脾:ひ」の働き

■「脾」の生理機能
①運化(うんか)を主る
運化の「運」は運送や輸送、「化」は消化吸収を意味しており、運化には2つの働きがあります。
1.精微物質の運化:飲食物から人間の生命活動に必要な気(エネルギー) / 血(血液) / 津液(水)を作り、心肺に運び全身に届ける。そのため、脾は「気と血を生む源」と言われています。
2.水液の運化:水液を吸収して心肺に運び、全身に輸送・散布する

脾の働きが弱まり運化機能が失調すると、
1.精微物質の運化の失調:エネルギーを作り出すことができない
→ 疲れやすい、やる気がでない
2.水液の運化の失調:水液代謝が機能しない
→ 下痢や軟便、浮腫
という症状に陥りやすくなります。

②統血(とうけつ)を主る
脾は血液が血管から漏れ出さないようにコントロールする働きがあります。
中国の古典には「五臓六腑の血は全て脾気の統摂に頼る」と記されています。
脾の働きが弱まり血液をコントロール出来なくると、女性の不正出血や皮下出血(青あざができやすい)、鼻血、血便などの症状が現れやすくなります。

「胃:い」の働き

■「胃」の生理機能
「胃」の働きは、現代医学の機能と近いとされており、以下の働きがあります。
①受納(じゅのう):飲食物を受け入れる

②腐熟(ふじゅく):飲食物を消化しやすい状態にする

③降濁(こうだく):消化した飲食物を小腸へ降ろす

胃の働きが弱まると、上記の①→③の流れが機能しないため、食欲が減退したり、飲食物が小腸へ送ることができず逆流し悪心や嘔吐、ゲップ、お腹(胃)が張って痛むというような症状が出やすくなります。

「脾」と「胃」の関係

「脾」と「胃」は表裏関係にあり、脾と胃が協力し合ってはじめて上記で述べた一連の働きが機能します。
また、脾と胃はその働きから脾は上昇、胃は下降の性質があり、それぞれ反対方向の動きをしていますが、相互の調和が保たれてることで胃の飲食物を受け入れ(受納)、脾の必要なものに作り変える(運化)機能が正常に働きます。

「脾」と五行の関係性


①脾は口に開竅(かいきょう)し、その華は唇にある
口と唇は脾と深い関係にあり、脾の働きが弱まると以下の症状が出やすくなります。
・味覚が変化する(口が淡く味を感じない)
・口が粘つく
・唇が乾燥する、唇の色が薄くなる
・口やその周辺にできものができる

②脾は肌肉(きにく)を主り、四肢を主る
肌肉とは、私たちの筋肉や脂肪、皮下組織を指します。
脾の運化機能が正常に働くと、生成された気や血が身体のすみずみ(四肢)まで巡らせ、筋肉や脂肪に届き運動の原動力となります。そのため、脾が弱ると、肌肉や四肢に栄養がいかず、筋肉が落ちる、痩せる、倦怠無力といった症状へと繋がります。

③脾の志は思である
思とは、考え事をしたり、何かを深く考え込んだりするなどの感情を指します。脾と思は、関連性が深いとされ、思慮過多(深く考え過ぎると)になると、脾が傷つけられ、その働きが低下します。また、「心」は精神/メンタルと関係があるため、「思は心脾から発する」と言われています。
考え事や悩み事が続くと、食欲が低下したり、眠れない日々が続くのは、脾が損傷され、気・血が生み出されたず、また同時に血が消耗されることが原因になります。この時に使用される代表的な漢方薬が帰脾湯になります。

④脾の液は涎(よだれ)である
涎は、唾液中の希薄な液体を指します。働きは唾液と同様で、口腔粘膜の保護や消化の補助をしています。
唾液が何だか粘つく、話している最中に唾液が溢れるなどの症状がみられる場合は、脾が弱っている可能性があります。

⑤脾は燥を喜び、湿を悪む / 胃は湿を好む

家を建てる際は、木を伐り建築用の木材に加工し、加工された木材が組み立てられることで家が完成しますが、この一連の流れが「脾胃」の働きに近いと言えます。
木材が乾燥するとひび割れが起きたり、そりが目立ち加工しにくいように木にはある程度の潤いが必要ですが、胃も飲食物を消化するには胃酸(湿)が必要になります。
一方で脾は、摂取した飲食物を栄養素に変化させ、全身に運搬させる働きを担っています。変化と運搬を担うこの働きは、大工が木材を加工し、家を建てる動きに近いと言え、雨の中や地面がぬかるむと作業が遅れるように脾は乾いた状態を好みます。

脾が湿の影響を受けると、上記で述べた運化の働きが低下するため、食欲不振や軟便・下痢、腹痛、むくみなどの症状がでやすくなります。

最後に

冒頭でも述べたように中医学では「脾胃(胃腸)」の状態が健康の要であり、健康への第一歩は「脾胃」の状態から始まると言っても過言ではありません。
自分は毎日ご飯をしっかり食べているし、プロテインやサプリも摂っているから大丈夫!と考えている方も多いと思いますが、脾胃が正常に機能しなければ、栄養を吸収することも全身に届けることもできません。
何だか疲れやすい、やる気がでない、食後の眠気が気になるなどの不調は、実は脾胃の弱りが原因ということもあります。
毎日を健康で快適に暮らすためにも自身の生活を見直し、少しでも脾胃に思いやりのある暮らしを心掛けましょう。

<脾胃を守る養生法>
●冷たい物を避ける(冷たい物は脾胃を傷つける)
●肥甘厚味を避ける(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物は脾胃に負担をかける)
●腹八分を心掛ける(胃がもたれない・苦しくならない、身体が重くだるくならない
、眠くならない程度の食事)
●一口30回を目安に噛む(食べ過ぎ防止、消化を助ける)

薬剤師 中目 健祐