はじめに
耳はその複雑な構造から治療が非常に難しいと言われています。
特に「耳鳴り」は、原因がはっきりとしないケースも多く、日本人全体の10~15%が悩んでいるとされ、特に65歳以上に限ると約30%に耳鳴りを抱えているとも言われています。
薬局では、よくビタミン剤(メコバラミン:ビタミンB12)や血行改善薬(カリジゲノナーゼ、アデノシン三リン酸)を試してみたものの、「思ったような効果がなかった」という声を耳にします。
・年齢のせいか聴力が落ち、「ジー」という音が気になり始めた
・ストレスや疲れがピークに達すると「キーン」と高い音がする
・耳が塞がったような感じがして音がしっかり聞き取れない、「ゴー」と重い音がする
このように、耳鳴りの“音の質”や“きっかけ”は人によってさまざま。
まずはカウンセリングを通して自身の体質を知ることが症状改善の近道かもしれません。
📚耳鳴りの分類
耳鳴りは大きく分けて2つに分類されます。
1.自覚的耳鳴:周囲に音がないのに耳の中で「キーン」や「ピー」など本人しか聞こえない耳鳴り
2.他覚的耳鳴:耳の中で音が鳴り、外にも聞こえることがある耳鳴り
参考:病気がみえる(耳鼻咽喉科)
中医学で考える耳鳴り
中医学では、耳鳴りを耳の病変として捉えるのではなく、身体全体(特に五臓の肝、脾、腎)や気血水(津液)のバランスが影響していると考えます。

参考:病気がみえる(耳鼻咽喉科)
1.肝タイプ
📕中医学の古典には次のような記述があります。
「木(肝)鬱之発・・・甚則耳鳴、眩転」
(鬱を発し・・・、甚だしい時は耳鳴し、眩暈する)
ストレスを強く感じたり、憂鬱や怒りなどの精神的な負荷がかかると自律神経を司る「肝」が我慢の限界を迎えオーバーヒートを起こし、その熱は頭部へと上昇します。
さらに「肝胆」の経絡は、耳をまとう形で分布しているため「肝」により発生した熱は頭部の中でも特に耳に伝わります。
たとえば、怒りがこみ上げたときに顔や耳が赤くなるのを経験したことはありませんか?
それはまさに、肝火が頭部に上がった状態です。このような背景から起こる耳鳴りを「肝タイプ」です。

<主な特徴>
✅「キーン」と高い耳鳴り
✅感情の変化で症状が悪化する
✅頭痛、めまい
✅赤ら顔、目が赤い
「肝」のオーバーヒートを抑える漢方薬や「肝気」の流れを良くする漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:竜胆瀉肝湯、加味逍遙散、 柴胡加竜骨牡蛎湯など
2.脾胃タイプ
中医学では、頭部を「清陽の府」といい、全身の陽気(栄養素)が集まる場所とされています。
「脾胃(ひい)」は、現代医学の胃腸に近い役割をしており、食べたものから身体の基礎となる「気」や「血」を作り出し、頭部へ運ぶ働きをしています。
ところが、「脾胃」が弱ると、十分な栄養やエネルギーが頭まで届かなくなり、耳や脳の機能が低下して耳鳴りや立ちくらみといった症状が現れます。

<主な特徴>
✅疲れると耳鳴りがする
✅よく立ち眩みをする
✅食欲がない、疲れやすい
✅下痢、軟便気味
「脾胃」の働きを高め、「気・血」を上部へ運ぶ漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:補中益気湯
3.腎タイプ
📘中医学の古典には次のような記述があります。
「髄海不足、則脳転耳鳴」
(髄海不足すれば、則ち脳転がり耳鳴りす)
「察耳之枯潤、知腎之強弱」
(耳の枯潤を察て、腎の強弱を知る)
中医学での「腎」は、「髄(骨)」を生み出し、その「髄」が集まることで脳を形成すると考えます。脳に「髄」が十分に満たされていれば、脳は正常に働き、耳の機能を維持することができます。
しかし、加齢とともに「腎精」が不足すると「髄」が空っぽになり耳の働きが弱まります。
また、中医学では「腎は耳に開竅する」という言葉もあり、「腎」と「耳」は切ってもきれない関係にあります。

<主な特徴>
✅「ジー」という蝉の音のような低い音が続く
✅物忘れを頻繁に起こす
✅足腰がだるい、腰が痛い
✅頻尿、夜トイレで起きることが多い
不足した「腎精」を補う漢方薬や「腎」の働きを高める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:六味地黄丸、滋腎通耳湯、亀鹿仙など
4.その他
①水溜まりタイプ
📙中医学の古典には次のような記述があります。
「痰火上昇、鬱於耳中為耳鳴」
(痰火が上昇して、耳中に鬱滞すると耳鳴する)
たとえば、風邪を引いた時にネバネバした痰が出たり、詰まることがありますよね?
このタイプの耳鳴りは、まさに体内に滞った「痰」が耳や頭に影響を与えている状態です。

<主な特徴>
✅耳が塞がったような感じがする
✅頭が重い、めまいがする
✅胃や胸がムカムカする
✅口が苦い、粘る
「痰」の原因である余分な水分や老廃物を除去する漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:星火温胆湯、竹茹温胆湯、半夏白朮天麻湯など
💡「脾胃」との深い関係
中医学では「脾は生痰の源」といわれ、「脾胃」の働きが弱ると水液代謝がうまく機能せず、「痰湿(たんしつ)」といわれる余分な水が生じやすくなります。
そのため、「脾胃タイプ」と「痰湿タイプ」は併発することが多く、その場合は「痰」を取り除きながら「脾胃」の働きを高める漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:健胃顆粒(香砂六君子湯)、半夏白朮天麻湯など
②血の滞りタイプ
中医学における「血」は、身体に栄養を届け、臓腑の働きを支える重要な物質とされています。特に頭部は、脳内血管や脳内血流という言葉があるように、多くの「血」が流れています。
血の巡りが悪い「瘀血(おけつ)」の状態だと、脳疾患(脳梗塞や脳血栓)を引き起こす原因になったり、耳の働きを低下させ耳鳴りの症状へとつながります。
📕中医学の古典には次のような記述があります。
「耳孔内の小管が脳に通じており、管内に血があれば管は閉塞され、耳聾する」(通竅活血湯より)
これは、耳と脳が細い通路でつながっており、そこに血の滞りが生じると音が聞こえづらくなり、耳鳴りや難聴につながるという考え方です。
つまり、血の流れをスムーズに保つことが、耳の健康維持にも直結します。
漢方薬の例:冠元顆粒、血府逐瘀丸、田七人参など
最後に
「耳鳴りや難聴は治らないもの」「年齢のせいだからしょうがない」「上手く付き合っていくしかない」と諦めている方も多いと思います。
病院では「この症状にはこの薬!」と病名治療が行われ、なぜその症状が発生したのか、背景にどんな体質や生活習慣があるのかにまで目が向けられることは少ない傾向にあります。
一方、中医学では、「なぜその症状が出ているのか」を丁寧に探り、一人ひとり異なる体質や生活環境に合わせて対応することを大切にしています。
お客様のお話をじっくり伺いながら、耳鳴り・難聴に付随する症状(メンタルや睡眠状態も耳鳴りや難聴に関係しているといわれています。)に合わせて漢方薬をご提案させていただきます。
耳鳴りや難聴のことでお悩みがありましたら、「仕方ない」と諦めず、ぜひ一度ご相談ください。
薬剤師 / 国際中医専門員 中目 健祐