下痢と漢方薬

日本人は胃腸が弱い!?

日本人は他の人種に比べ胃腸が弱いとよく言われますが、なぜ胃腸のトラブルを起こしやすいのでしょうか?
本題に入る前に中医学的な考えからその理由を説明したいと思います。

中医学には「天人合一:てんじんごういつ」という考えがあります。
「天人合一」とは、人間は自然界の影響を受けて生活しているため、人体と自然界を分けて考えることはできない。つまり、自然界で起こる様々な現象は、人体にも同じく現れるという考えを言います。

日本の環境はどうでしょうか?
海に囲まれた島国であることから雨が多く、また梅雨の時期から夏の終わりまでの約4か月間は、亜熱帯のような高温多湿と1年を通して「湿気」が多いという特徴があります。また、日本人の食生活の特徴として、生物(刺身や生肉など)や冷水(暑さや寒さに関わらず、飲食店ではお冷がでますよね。)を好む人種でもあります。これらは、「天人合一」の考え方からすると、日本人は他の人種に比べて身体内に「湿気(湿)」を溜めやすいタイプと言えます。

日本の環境はどうでしょうか?
海に囲まれた島国であることから雨が多く、また梅雨の時期から夏の終わりまでの約4か月間は、亜熱帯のような高温多湿と1年を通して「湿気」が多いという特徴があります。また、日本人の食生活の特徴として、生物(刺身や生肉など)や冷水(暑さや寒さに関わらず、飲食店ではお冷がでますよね。)を好む人種でもあります。これらは、「天人合一」の考え方からすると、日本人は他の人種に比べて身体内に「湿気(湿)」を溜めやすいタイプと言えます。

さて、中医学における胃腸(脾胃)の働きをみてみましょう。
「脾胃:ひい」の働きに1つ「運化」というものがあります。
運化の「運」は運送や輸送、「化」は消化吸収を意味しており、運化には2つの働きがあります。

1.精微物質の運化:気・血・津液(水)を作り、全身に届ける
2.水液の運化:水液を吸収して全身に輸送・散布する

水はけの悪いグランドだと足が取られ体の動きが悪くなるように、エネルギーや水を運ぶ脾には「湿を嫌う」という特徴があります。
よって、「湿」が体内にあると「脾胃」の働きが低下し

1.精微物質の運化の失調:エネルギーを作り出すことができない
  → 疲れやすい、やる気がでない
2.水液の運化の失調:水液代謝が機能しない
  → 下痢や軟便、浮腫
という状態に陥りやすくなります。

上記の「天人合一」で述べたように、日本人は気候や食生活から「脾胃」が嫌う「湿」を溜めやすく、作りやすい環境下にいます。そのため、気付かない間に「脾胃」に負担がかかっており、徐々に胃腸が弱っていくことで下痢や軟便、腹部膨満感などの胃腸のトラブルが起こしやすい身体になっていくのだと考えられます。

中医学で考える下痢

中医学では下痢のことを泄瀉 (せっしゃ)と呼び、下記の5つタイプに分けて考えます。

1.外感泄瀉(がいかんせっしゃ)
外感の邪気が湿と絡み、体内に侵入することで下痢を引き起こします。言わば、胃腸型のカゼのような症状をイメージしてください。 邪気とは、私達の身体にとって悪いもの、現代医学で言うウイルスや細菌などを指します。
詳細は「カゼと漢方薬 – 日々の生活に漢方を」をご参照ください。
このタイプは、外感表証(カゼの症状)に加え、「寒」と「熱」により下記のような症状がでます。よって、カゼの症状を緩和させながら体内に侵入し脾胃に影響を及ぼしている湿をさばく漢方薬を使用します。

<外感表証(カゼの症状)>
・悪寒、発熱、頭痛など


<寒湿タイプ>
・下痢(水様便、臭いが少ない)
・腹痛、お腹が張る
・お腹がゴロゴロとなる
・食欲不振
漢方薬の例:勝湿顆粒(藿香正気散)、香蘇散、胃苓湯など

<湿熱タイプ>
・下痢(悪臭が強い、便器にこびりつく、急に激しい下痢)
・肛門の灼熱感
・腹痛
・口渇
・尿の色が濃い
漢方薬の例:葛根黄芩黄連湯、黄連解毒湯、五行草(馬歯莧)など

外感表証(カゼの症状)がない場合でも急性的な下痢の場合は、上記の「寒湿」タイプと「湿熱」タイプの症状に合わせて漢方薬を使用すると良いでしょう。

2.食傷泄瀉 (しょくしょうせっしゃ)
肥甘厚味の過食やお酒の飲み過ぎなどにより、食積が脾胃に溜まることで脾胃の働きが低下し引き起こされる下痢です。(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物)

このタイプの特徴は
・便に未消化物が混じり悪臭がする
・悪心・嘔吐がする
・胃がもたれる
・腐臭のあるゲップをする

このタイプには、脾胃に溜まっている食積の消化を促すような漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:晶三仙(山査子、麦芽、神曲)など

3.肝鬱泄瀉 (かんうつせっしゃ)
緊張する場面(テストや面接、プレゼンの前など)やちょっとした不安(電車に乗った時や学校、会社に行く前)でお腹を下したことはないでしょうか?

中医学では自律神経を主る「肝」の気が高ぶることで「脾胃」が攻撃され、その影響により引き起こされると考えます。

このタイプの特徴は
・下痢(精神が緊張状態の時)
・ストレスを抱えやすい、緊張に弱い
・脇腹が張る、お腹が張る
・ゲップをする

「肝」の気の流れを良くしながら、脾胃を守る漢方薬を使うと良いでしょう。
漢方薬の例:逍遥顆粒(逍遥散)、四逆散、柴苓湯など

4.気虚泄瀉 (脾胃虚弱)(ききょせっしゃ(ひいきょじゃく))
幼少期から胃腸のトラブルが多い、食後すぐに下痢をする、下痢をするから脂物は食べないなどの一般的に胃腸が弱いと言われる方に多いタイプです。

脾胃の働きが低下すると水液代謝が低下するため、腸で吸収されなかった水分が便と混じることで下痢を引き起こします。(詳細は上記の「胃腸(脾胃)の働き」をご参照ください。)

このタイプの特徴は
・下痢、軟便、便秘と様々なタイプに変化する
・便中に未消化物が混じる
・食後にお腹が張る、眠くなる
・疲れやすい、やる気がでない
・食べても太れない(痩せやすい)

「脾胃」の働きを補いながら、下痢の原因である「湿」をさばく(水分代謝を改善する)漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:健脾散(参苓白朮散)、健胃顆粒(香砂六君子湯)など

5.陽虚泄瀉 (ようきょせっしゃ)
一般的に胃腸が働きやすい温度は、人間の体温(36~37℃)に近い温度と言われているため、お腹が常に冷えてる方や慢性的に冷えが強い方は胃腸の機能が低下し下痢を引き起こしやすくなります。
特に高齢の方や生来の虚弱体質の方は、全身の臓腑を温める「腎陽」の働きが低下していることが多く、その結果「脾」を温めることができないため、胃腸機能の低下することがあります。

このタイプの特徴は
・下痢、水様便(特に明け方に下痢をすることが多い)
・便に未消化物が混じる
・手足や腰、お腹の冷え
・足腰がだるい
・排尿困難・浮腫み

このタイプには、腎陽を補いつつ、脾を温めながら働きを立て直す漢方薬を使用すると良いでしょう。
漢方薬の例:人参湯+真武湯、参馬補腎丸など

最後に

中国の古典には「無湿不成瀉:湿がなければ下痢はない」という言葉がありますが、下痢症状で悩まれている方は体内に「湿」を溜めないことが非常に重要になります。

「湿」を溜めやすく胃腸に負担をかける食事として下記のようなものがあります。
・甘い物(チョコレート、菓子パン、コンビニスイーツ)
・脂物(お肉、揚げ物、ポテトチップス)
・乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ)
・冷たい飲食物(ジュース、お酒、刺身、アイスクリーム)

巷では身体に良いと言われているものが、実は胃腸に負担をかけていることもあります。身体に良いものを積極的に摂るよりも、自身の生活を見直し身体に不要なものを1つ1つ取り除く方が症状改善の近道かもしれません。

体質に合う漢方薬と食養生を通し症状を改善しませんか?
ご興味がある方は、いつでも当店にご相談ください。

薬剤師 中目 健祐

五臓六腑:脾胃の働き

はじめに

中医学を勉強し始め約2年が経ちました。当時を思い返すと、私も含め日本人は外面はしっかり整えるが、外から見えない部分(内側)は軽視する傾向にあると強く感じました。
最近では、テレビやCM、本などの媒体で、腸内細菌や腸内フローラという言葉が出始め、身体の内部にスポットが集まるようになってきましたが、中医学では2000年前も昔から胃腸と健康の関係性について述べています。
「ご飯を食べると元気になる!」「人間の体は食べたもので出来ている!」という言葉があるように、胃腸の状態の良さがその人の身体の元気や健康へと繋がります。言わば、胃腸が私たちの身体を作っているのです。身体の根本とも言える胃腸(脾胃)の働きを理解し、健康的な生活の第一歩を歩み始めませんか。

「脾胃:ひい」の働き

「脾胃:ひい」は、現代医学の胃腸の働きに近く、私たちが摂取した飲食物を消化吸収し、身体に必要な栄養素(気・血・津液)を全身に届ける働きをしています。

「脾」と「胃」のそれぞれの詳しい働きは下記に記載してますので、気になる方はご参照ください。

「脾:ひ」の働き

■「脾」の生理機能
①運化(うんか)を主る
運化の「運」は運送や輸送、「化」は消化吸収を意味しており、運化には2つの働きがあります。
1.精微物質の運化:飲食物から人間の生命活動に必要な気(エネルギー) / 血(血液) / 津液(水)を作り、心肺に運び全身に届ける。そのため、脾は「気と血を生む源」と言われています。
2.水液の運化:水液を吸収して心肺に運び、全身に輸送・散布する

脾の働きが弱まり運化機能が失調すると、
1.精微物質の運化の失調:エネルギーを作り出すことができない
→ 疲れやすい、やる気がでない
2.水液の運化の失調:水液代謝が機能しない
→ 下痢や軟便、浮腫
という症状に陥りやすくなります。

②統血(とうけつ)を主る
脾は血液が血管から漏れ出さないようにコントロールする働きがあります。
中国の古典には「五臓六腑の血は全て脾気の統摂に頼る」と記されています。
脾の働きが弱まり血液をコントロール出来なくると、女性の不正出血や皮下出血(青あざができやすい)、鼻血、血便などの症状が現れやすくなります。

「胃:い」の働き

■「胃」の生理機能
「胃」の働きは、現代医学の機能と近いとされており、以下の働きがあります。
①受納(じゅのう):飲食物を受け入れる

②腐熟(ふじゅく):飲食物を消化しやすい状態にする

③降濁(こうだく):消化した飲食物を小腸へ降ろす

胃の働きが弱まると、上記の①→③の流れが機能しないため、食欲が減退したり、飲食物が小腸へ送ることができず逆流し悪心や嘔吐、ゲップ、お腹(胃)が張って痛むというような症状が出やすくなります。

「脾」と「胃」の関係

「脾」と「胃」は表裏関係にあり、脾と胃が協力し合ってはじめて上記で述べた一連の働きが機能します。
また、脾と胃はその働きから脾は上昇、胃は下降の性質があり、それぞれ反対方向の動きをしていますが、相互の調和が保たれてることで胃の飲食物を受け入れ(受納)、脾の必要なものに作り変える(運化)機能が正常に働きます。

「脾」と五行の関係性


①脾は口に開竅(かいきょう)し、その華は唇にある
口と唇は脾と深い関係にあり、脾の働きが弱まると以下の症状が出やすくなります。
・味覚が変化する(口が淡く味を感じない)
・口が粘つく
・唇が乾燥する、唇の色が薄くなる
・口やその周辺にできものができる

②脾は肌肉(きにく)を主り、四肢を主る
肌肉とは、私たちの筋肉や脂肪、皮下組織を指します。
脾の運化機能が正常に働くと、生成された気や血が身体のすみずみ(四肢)まで巡らせ、筋肉や脂肪に届き運動の原動力となります。そのため、脾が弱ると、肌肉や四肢に栄養がいかず、筋肉が落ちる、痩せる、倦怠無力といった症状へと繋がります。

③脾の志は思である
思とは、考え事をしたり、何かを深く考え込んだりするなどの感情を指します。脾と思は、関連性が深いとされ、思慮過多(深く考え過ぎると)になると、脾が傷つけられ、その働きが低下します。また、「心」は精神/メンタルと関係があるため、「思は心脾から発する」と言われています。
考え事や悩み事が続くと、食欲が低下したり、眠れない日々が続くのは、脾が損傷され、気・血が生み出されたず、また同時に血が消耗されることが原因になります。この時に使用される代表的な漢方薬が帰脾湯になります。

④脾の液は涎(よだれ)である
涎は、唾液中の希薄な液体を指します。働きは唾液と同様で、口腔粘膜の保護や消化の補助をしています。
唾液が何だか粘つく、話している最中に唾液が溢れるなどの症状がみられる場合は、脾が弱っている可能性があります。

⑤脾は燥を喜び、湿を悪む / 胃は湿を好む

家を建てる際は、木を伐り建築用の木材に加工し、加工された木材が組み立てられることで家が完成しますが、この一連の流れが「脾胃」の働きに近いと言えます。
木材が乾燥するとひび割れが起きたり、そりが目立ち加工しにくいように木にはある程度の潤いが必要ですが、胃も飲食物を消化するには胃酸(湿)が必要になります。
一方で脾は、摂取した飲食物を栄養素に変化させ、全身に運搬させる働きを担っています。変化と運搬を担うこの働きは、大工が木材を加工し、家を建てる動きに近いと言え、雨の中や地面がぬかるむと作業が遅れるように脾は乾いた状態を好みます。

脾が湿の影響を受けると、上記で述べた運化の働きが低下するため、食欲不振や軟便・下痢、腹痛、むくみなどの症状がでやすくなります。

最後に

冒頭でも述べたように中医学では「脾胃(胃腸)」の状態が健康の要であり、健康への第一歩は「脾胃」の状態から始まると言っても過言ではありません。
自分は毎日ご飯をしっかり食べているし、プロテインやサプリも摂っているから大丈夫!と考えている方も多いと思いますが、脾胃が正常に機能しなければ、栄養を吸収することも全身に届けることもできません。
何だか疲れやすい、やる気がでない、食後の眠気が気になるなどの不調は、実は脾胃の弱りが原因ということもあります。
毎日を健康で快適に暮らすためにも自身の生活を見直し、少しでも脾胃に思いやりのある暮らしを心掛けましょう。

<脾胃を守る養生法>
●冷たい物を避ける(冷たい物は脾胃を傷つける)
●肥甘厚味を避ける(肥:脂っこい物、甘:甘い物、厚:味の濃い物は脾胃に負担をかける)
●腹八分を心掛ける(胃がもたれない・苦しくならない、身体が重くだるくならない
、眠くならない程度の食事)
●一口30回を目安に噛む(食べ過ぎ防止、消化を助ける)

薬剤師 中目 健祐