あるべき姿

昨年の6月に、ここ岩手で長年愛され続けてきた百貨店が、43年間の歴史に幕を下ろした。

耐震不都合と建物の老朽化が原因であった。

1年前、閉店するらしいという話を聞いたその日、私は『なんだっけなや~!』を、100回は言った事を記憶している。

いやしくも閉店の原因となってしまった70年代前半オープン以来、(それ以前にあった場所からの移転)変わらないその建物のレトロ感。そして何よりも、ここのメインである、平日でも大勢の客でにぎわう大食堂。この大食堂のとりこである私ら夫婦は、毎度その雰囲気を味わう為に、50分以上をかけて車で向かうのである。

多彩な食品サンプルが並ぶウインドウの中からメニューを選ぶ、あのワクワクなひと時。食券での注文に始まり。今では見かける事の少ない縦型の割り箸の入れ物。テーブルや椅子、壁紙に照明、奥に見える活気あふれる調理場。名物のソフトクリーム。おいしそうに、かつ、幸せそうに食している老若男女。すべてが魅力的なのだ。

タイムスリップを感じさせる、その夢のような時間を、もう味わえない事になるかと思うと、とてつもなく残念でならなかった。

正式な閉店予定日発表のニュースの後、その前に、今一度という思いで私たち夫婦は、その大食堂へと向かった。

名残り惜しみながら食している客達。そして、いつも通りに仕事をこなしている店員たち。

階段の近くに陣取り、最後になりうる味と雰囲気を堪能している私達の後ろから、その時、大きな声が聞こえた。

『おばあちゃん! 大丈夫!? エレベーターで行ったら!?』

いまこの見晴らしの良い大食堂で、幸せなひと時を過ごし、帰るべく階段を下りようとする、ひとりのおばあちゃんに、おそらくパートであろう、ここの女性店員が気遣いで声をかけたのである。

昨今、サービス業では、客との対応はマニュアル化され、なにか人間関係が希薄してきた感がある中、まったくもって利益目的などを感じさせない、人間としての当たり前の行為の自然な振る舞いに、私達夫婦はひどく感動し、涙をにじませながら目の前の光景の中にいたのである。

私はその呼び止める声を聴いた瞬間、『すばらしいな!!』と奥さんの方に目をやった。

私は思った。長年愛され続けてきたこの百貨店の本当の姿が、まさに、ここにあったのだろうと。

その後、この街の有志が、この百貨店の再生に乗り出し、ついに今月、大食堂は再スタートした。以前ここで務めていた多くの従業員が、再び呼び戻されたという話を聞いた。

変わらない味と雰囲気と共に、変わらない人情も存続していただきたい。

 

 

エースか!?、道化師か!?

アメリカの新大統領が就任したので、せっかくだから何か書いてみようかなあと。

支持派、反対派、すったもんだである。暴動まで起きて逮捕者って?建物のガラスを割ったり、車に火を付けたりしても何も解決しない。(まあ、さくらのような気もするが。。。)はたまた、一国の長となる人の発言が物議を醸している。人種差別やら不法移民問題やら。まったくもって、いわゆるアメリカ先住民達からすれば、おまえらが出て行け!だろうか。

そんな日だったが、日本では、稀勢の里関の念願であった初優勝が決まった。よかったよかった。

冬の、あそび

ウチの庭に作った雪のお城に、今日もすずめ達が来ました。

冬になり、雪が積もった時の恒例である。

各部屋に鳥の餌を入れておくと、食べに来ます。

すずめ達も、覚えていて、毎年、雪が降れば必ず来るのです。餌が無くなると、窓をくちばしで叩いて、催促したりします。

そうしているうちに、今度は吊るしておいた干し柿を食べに、ヒヨドリがやって来ました。

冬場の、動物たちの食の確保は大変でありましょう。

箱根駅伝

年も開けて、しばらくたつ。正月は恒例の箱根駅伝のテレビ観戦であった。

この箱根駅伝を観ていて、腑に落ちない事がある。繰り上げスタートである。

後続の選手が、先頭の選手より規定の時間内に中継所にたどり着けない場合、たすきを繋ぐ事を許されずに、次の選手がスタートを切るという、あれである。なぜそんなルールがあるのか?理由は、選手のレベルを落とさない事。それと、交通渋滞を防ぐ為のようである。

たすきを繋がなくても良いのであれば、もはや、駅伝では無い。観ていてわかる通り、選手は皆、必死である。レベルの問題ではない。なおかつ、交通渋滞を理由とするならば、繰り上げの時点で、交通規制を解くのが筋である。しかし、解けるわけがない。そうなのである、選手が走っている以上、規制は続くのである。

 

続きを読む

新年

  • 新しい年になりました。お馴染みの方々、昨年中は、お世話になりました。
  • 今年出会う方々、よろしくお願いいたします。
  • あんな事や、こんな事、想像を越えた出来事もあるんだろう。とりあえず一年後も、無事にこおして文章を書けますように、と。